母ガンの記録)最期まで、の願い

久々に母がキレた。


朝はゆっくり起きて(とは言うものの相変わらずの6時台で熟睡は微妙)3人でHクリニックへ。
いつ受けたのか分からないが、検診の結果を聞きに来いと言われたので。
同時に母のことを相談する目的で。

検診の結果は医師が父と母に話してる別部屋で、看護師の人とメールの内容などから少し話をしていたら、医師も加わって軽く話したが、医師的には、確かに認知症あるのかもしれないが、そっちよりもガン重点でいい気がするし、認知症の方色々とやることになると負担にもなるからと言う話になった。

確かにそれもそうか…と。
もうそっちを治しても意味ないか…という虚しさもありながら今後の在宅医療に関しては、元の病院の地域連携から探してもらい、紹介状持っていくのが筋、と言われて、あっさり終了。
この病院(の併設?)でも在宅医療あるはずなのだが、全然そんな話は出ず。

何かこの母の件で色々な医院病院のサイト見るが、結局そのサイトに書かれてる『字面』のことをそのままやってる医院病院がほとんど無いことに気付くというか、聞かされる。

え?だって、この治療やるって書いてるよね?
みたいなことばっかりなのは何でなんだろ。
それって詐欺みたいな気持ちになるわ…

なので、結局話は済んで、ただすぐに話が進むか分からないのもあり、母用の痛み止めの、今処方されてる日数の後の分を処方してくれたので、ひとまず時間は稼げそう。

その、薬の処方箋持って隣の薬局で貰った後だ。
薬をにぎりしめたままの母に
「カバンにしまったら?」
と言ったら、久々にキレてしまって、しかも
「もう死んじゃうからいいんだよ!」
とか言い出す始末。

あーあーまただわ、、みたいな私と父。

父もそれをこれまでも何度もされて(ホントにどうでもいいことで突然キレてしまう)多分それが認知症だろう、ホントに参っていると言っていた。

もうこうなるとどうしようもないので、本当は少し買い物する予定だったが変更して私は自宅へ早々へ戻ることにした。

お昼を軽く食べてから帰宅し、到着の電話をしたところ父が出て、母に代わると代わったら、「ごめんね」と言い出した。多分父に怒られたのだろう。

でも私はもう結構どうでも良かった。
正直病気でふさいでいた時には、キレるまでも当然いかなかったので、むしろ、痛みとかないから気持ち的に元の状態に近いんじゃないか?と思えたから(超ポジティブ思考)。

本人にも伝えた。
「どんだけ怒ってもいいよ。
元気な証拠だもの。
私にはどんだけ怒ってもいいから
お願いだからもうお父さんには
怒らないでね」

本人はウンと言って、
引越の準備頑張ってね、とまで言ってたが、
多分明日には忘れてしまってるだろうな…

〜〜〜

自宅で引越の荷造りをしながら思ったこと。

母がこの先、どんな最期になるのか分からないけど、苦しみ無く、は当然として、私と父のことを最期まで認識出来てるといいな、と。

別にありがとうとかそんな言葉とかどうでもいいけど、知らない人になりませんように、と言うのが結構切実な願い。

〜〜〜

気合を入れての引越の荷造りはかなり進んだ。
何とか来週中に目処を立てる予定。